自分家の宗教2
母が新興宗教をしていた子供頃の話です。
この文章で、特定の宗教を勧めるつもりも、否定するつもりありません。
小学校に上がった僕は、他人よりやや不出来な子供でした。
小学一年生になっても、授業中におしっこを漏らし、それにすら気づかず、ひたすら木造の
床の溝を掘り続けるような、手のかかる子供でした。
木造の校舎なので隙間風がとても寒く、教室に灯油のストーブがありました。そのストーブは
触ると火傷する鉄のストーブで、教室の外に煙突を出すタイプです。
何度も火傷するのに、手を近づけては火傷を増やすような子供でした。
そのぐらいの子供ですから、学業も振るわず、かといって足が速い等の身体能力が高いタイプでもありませんでした。
そんな小学生は3年生の時に宗教の集まりに参加することになりました。
新興宗教活動をしている人をどう思われてるか解りませんが、世間のイメージは「怖い」とか
「鬱々としてるんでは?」と思われるかも知りませんが、ほとんどの人は温和で普通の人です。
むしろ、人より傷つきやすかったり、傷つけられた経験がある人だったりするので、僕のイメージとしては普通の世界の人より、優しい人が多いように感じています。
話を戻して、僕は新興宗教の集まりへ参加することに偏見などはありませんでした。今でこそ、新興宗教はカルトだ!危ない!というイメージを、世間的な価値観として知ってはいますが、小学3年生のやや発達の遅い僕からすると、母が行く場所が自分の行く場所です。
その教団施設は、地方の町中にある、古びた一軒家でした。家は杉の木で周辺を囲まれていて、夏でも日陰の部分が多い所でした。土埃のついた赤い瓦の屋根と、高床式倉庫のような
床面が高くなった木造4DKの、縁側と中庭のある建物でした。
その建物で何をしたかというと、床の間に飾られた掛け軸の前で正座したり、おじいちゃんや
おばあちゃんと正座で向かい合い、仏教でいうとこのお経のようなものを読んだりしました。
強制されたというより、周りのみんながやってるなら、同じようにやらなければいけないだろうな?というぐらいの気持ちで取り組んでました。
正座を10分は足も痛かったし、落ち着きのない僕が10分も静止していなければならないのはかったですが、教団活動が嫌でしょうがなかった!とか親に無理強いされて辛かった!とか、そんな気持ちは今でもありません。
むしろ、劣等生の僕が、教団のおじいちゃんやおばあちゃん、おじちゃんやおばちゃん達に
褒められたり、可愛がられたりしたことの方が印象深かく、思い出に残っています。
教団の教義を真面目にノートにとったり、教団の階級試験に合格したり、他の信者さんが
認めてくれるようなことをするのが楽しかったのは覚えています。
人に認められなかった僕が、誰かに認めて貰える。
それが当時の僕としてはとても大きかったと思います。
宗教活動をしていた!というのが負のレッテルだとするなら、それを張られたとしても
子供時代の僕のアイデンティティは宗教に根差しているのは否定できないし、否定しようとも
思いません。
他人に認めて貰う、貰いたい、という感覚は、このころから来てるのかもしれません。